このWebサイトについて

バーサンオンライン編集部

 モンゴルJICAボランティアが自分たちの活動や生活を記事として毎週金曜日に更新し、隊員目線でモンゴルの今を伝えるサイトです!
 БААСАН(バーサン)とはモンゴル語で「金曜日」という意味です。


詳細は こちら をご覧ください。

最新記事

カテゴリ

 隊員活動  (107)
   -  教育分野  (26)
   -  医療分野  (14)
   -  社会分野  (9)
 隊員生活  (63)
 モンゴル文化  (6)
 モンゴル情報  (37)
 Монгол хэл  (0)
 隊員・エディター紹介  (1)
 その他  (33)

タグクラウド

月別アーカイブ

2017年 11月 【1件】
2017年 10月 【2件】
2017年 09月 【3件】
2017年 06月 【5件】
2017年 05月 【4件】
2017年 04月 【4件】
2017年 03月 【5件】
2017年 02月 【4件】
2017年 01月 【4件】
2016年 12月 【5件】
2016年 11月 【4件】
2016年 10月 【4件】
2016年 09月 【5件】
2016年 06月 【4件】
2016年 05月 【4件】
2016年 04月 【5件】
2016年 03月 【4件】
2016年 02月 【4件】
2016年 01月 【5件】
2015年 12月 【4件】
2015年 11月 【4件】
2015年 10月 【5件】
2015年 09月 【4件】
2015年 07月 【1件】
2015年 06月 【4件】
2015年 05月 【5件】
2015年 04月 【4件】
2015年 03月 【4件】
2015年 02月 【4件】
2015年 01月 【5件】
2014年 12月 【4件】
2014年 11月 【4件】
2014年 10月 【5件】
2014年 09月 【4件】
2014年 08月 【5件】
2014年 07月 【4件】
2014年 06月 【4件】
2014年 05月 【7件】
2014年 04月 【4件】
2014年 03月 【9件】
2014年 02月 【7件】
2014年 01月 【10件】
2013年 12月 【8件】
2013年 11月 【10件】
2013年 10月 【7件】
2013年 09月 【7件】
2013年 08月 【12件】
2013年 07月 【16件】

リンク集

時間と天気

日本国旗 - - モンゴル国旗

ご意見・ご感想・お問い合わせ

くらべることで見えたもの

文と写真=加瀬龍介(かせ・りゅうすけ)
平成27年度1次隊 青年海外協力隊
職種:小学校教育 任地:ドルノド県チョイバルサン



■ご挨拶
 平成27年度1次隊、小学校教育で派遣された加瀬龍介です。青年海外協力隊には現職参加制度で行かせていただき、現在日本で小学校教諭として働いています。
 モンゴルから帰って33日後に現場復帰し、日本のリズムに慣れるのに全力を注ぐ毎日。
 帰国してまだ11か月ですが、既にモンゴルでの日々が遠くに感じられます。
そんな中、この度バーサンオンラインの執筆の機会をいただきました。これを機に、あらためて22年間の活動の日々を振り返り、モンゴルと日本の違いや考えさせられたことについて書かせていただきたいと思います。

■時間は守るもの?
 海外では時間にルーズな国が多くあるという話をよく聞きます。ではモンゴルはどうかというと、時間を守らない人が多いです。例えば「1616時から授業についての話し合いをしよう」となっても、約束の時間を守ってもらえず、次の日などに持ち越しになるというのは日常茶飯事でした。
  それに伴って計画を立てたり、それに沿って活動したりすることが苦手です。学校行事もいつ、誰が準備し、何を行うのかが決まっておらず、「この行事いつ何をするの?」、「知らない」という流れから、当日いきなり「今日これやるからやってね」と言われることがほとんどでした。ただ、それでもなんとか行事を行えている現状から、モンゴル人の臨機応変に対処する能力の高さが窺えました。
 日本で学校行事を行う際は、目的や日時、内容、役割分担が11か月前には決まっています。モンゴルと比べて、日本は時間を効率的に使ったり、綿密な計画を立てたりすることについてのノウハウが高いレベルで確立されていると感じます。
  ただ、時間を守るということについてはどうでしょうか。少なくとも私や私の周りの人たちは時間が守れていない人がほとんどです。もちろん約束の時間には遅れませんし、学校で組まれている授業の時間は守ります。ただ、勤務時間。開始は守れても終わりの時間は守れていません。初めの時間は守る必要があるけれど、終わりの時間は守らなくてもいいのでしょうか。守れない時間設定を暗黙の了解でよしとするのではなく、守れる時間にする必要はないのでしょうか。
  初めの時間だけに厳しい日本に対する「そこだけにこだわるのは・・」と思う気持ち。時間にルーズなモンゴルに対する「時間は守った方がいいのでは」という気持ち。何が正しいというわけではないですが、異なる時間に対する姿勢から、改めて時間を守ることについて考えさせられました。

20170615_kase_1.jpg
時間を意識してもらうための予定表



■安全の意味
 モンゴルの子どもたちは、よく切り傷や打ち身などをつくっています。それは転んだ時や喧嘩したときなどにできた傷だそうで、「大丈夫?」と以前聞いたとき、「いつものことだから」と笑って返され、驚かされた記憶があります。
  また、22m近くある壁の上で追いかけっこをしているのを見た時、モンゴルの先生方に「あれは危なくないのか」と尋ねたところ、「小さいころからああして遊んでいるから安全だよ」と言われ、衝撃を受けました。そして、安全とは何だろうと思うようになりました。
  大抵の行動には、危険が常に隣り合わせです。歩くだけでも足を痛める危険があります。走ったりすれば、転んだり、足をくじいたりする危険があります。安全を突き詰めれば何もしないのが一番ということになるのかもしれません。
 ですがそんな話は馬鹿げていると誰しもが思うでしょう。何かをする上で安全について考えるところを、安全を守るために何なにもしないのは本末転倒です。では、何なにが大事なのかというと、それはどこまで許容するかということなのだと思います。
 学校では、子どもに怪我をさせないことを最優先で考えます。そのため、子ども自身が一人で行うことに関する許容範囲は、怪我のない範囲で行えるものになります。そして、その範囲を超えるものには必ず先生が付き添うこととなっています。
 それでは学校を離れた場合はどうでしょう。それは、各家庭によって許容範囲が違ってきます。「危ないことは絶対させない」という方もいれば、「木登りでも、川遊びでも好きに遊べ」とする方もいるでしょう。これもまた、どちらが正しいということはないと思います。  
  許容範囲が広ければ、その分危険は増しますし、狭めれば経験に乏しくなるかもしれません。守ってあげるのも、守れるようにしてあげるのも、どちらも必要で、未来が見えるわけでもない私たちは、その都度バランスを考えていくしかない、というのが結局のところなのかなと思います。
 日本の、特に教員の視点から見ると、モンゴルの子どもの遊びは危険が多く、安全と目的のバランスが取れていないと今でも思います。ただ、モンゴルの親や子どもの、「怪我なんてほっとけば治る」という考えに、懐かしい逞しさを感じさせられたのは、忘れずにいたいです。

20170615_kase_2.jpg
上にあるボールを取りに行く子ども



タグ :

 ホーム