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バーサンオンライン編集部

 モンゴルJICAボランティアが自分たちの活動や生活を記事として隔週金曜日に更新し、隊員目線でモンゴルの今を伝えるサイトです!
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●●二年間を振り返って●●

文と写真=武政 太(たけまさ ふとし)
平成25年度2次隊 青年海外協力隊
職種:理学療法士 活動地域:ドルノド県チョイバルサン



 こんにちは。私は2013年9月から2015年9月まで、ドルノド県のチョイバルサンでリハビリテーションの専門職である理学療法士として活動をしました。日本に帰国して半年以上経ちましたが、今振り返っても、非常に貴重な経験をさせてもらったなという気持ちです。当初、私が協力隊に参加すべく応募した際には、モンゴルから理学療法士の要請はありませんでした。しかしその後、紆余曲折を経てモンゴルに派遣されることになりました。自分はモンゴルと縁があったのだなと改めて思うところです。

 私の配属先はドルノド県保健局でした。理学療法士は病院等リハビリテーションの現場で働くのが一般的なのに、保健局で何をするのか・・。モンゴル人理学療法士は、この県にはおらず、さらにドルノド県保健局での受け入れは初めてということもあり、どんな活動になるのだろう・・と不安ばかりのスタートでした。

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東部医療センターのメイン病棟


 活動が始まって4日目に、保健局のカウンターパートに「挨拶に行こう」と言われて行ったのが、モンゴル東部で一番規模の大きい「東部医療センター」。その後メインの活動場所となる病院です。病院関係者にあいさつして終わるかと思いきや、「患者さんを診てほしい」と言われて急遽リハビリテーションを行うことに。心の準備もろくにできていないまま、私服のまま、全く慣れないモンゴル語で冷や汗をかきながら患者さんに関わった記憶が、今でも鮮明に残っています。

 モンゴル人理学療法士がいない中、最初の一年はマンパワーとしての活動がメインとなりました。月曜日から木曜日まで東部医療センターで入院・外来患者さんのリハビリを行い、金曜日は保健局でカウンターパートに病院での活動状況を報告・相談をしました。途中からは保健局でも患者さんを呼んだり、逆に患者さんの家を訪ねたりしてリハビリを行うようになりました。

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訪問リハビリテーションでの階段昇降練習


 この地域で理学療法士は自分一人・・特に最初の頃は、公務で休暇を取って首都に上がる時でも、患者さんにリハビリがお休みになるのを伝えるのは本当に申し訳なく感じ、後ろ髪を引かれる思いでした。

 モンゴルのリハビリテーションの歴史は数年前に始まったばかりです。道具や設備は不十分で、病院にある数少ない車いすも壊れてないものが無いくらい。しかし、無いものねだりをしても仕方ないので、現地にあるもので道具を作ったりして、できるだけ工夫をするようにしました。

 配属先が保健局だったこともあり、病院に来る患者さんだけでなく、様々な理由で病院に来られない、リハビリテーションを受けられない人たちのことも考えながら活動をするようになりました。「80点、90点のリハビリテーションを100人に提供するよりも、30点でもいいから1000人、2000人がリハビリテーションを行えるように(全く行えない0点の人を無くす)」といった考えのもと、資料等をできるだけ作成するようにしました。

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保健局で行った医療従事者向けてのリハビリテーション
についてのセミナー


 活動期間も残り3分の1ほどになった時、ようやく一緒に働きながら理学療法について学び、自分の活動終了後もそれを実施していくモンゴル人が二人ついてくれるようになりました。理学療法の基礎知識・経験が全くない人に、いきなり医療現場で患者さんに触れてもらいながら指導をする。日本でも経験のないことでしたが、二人とも本当に一生懸命自分の話を聞き、学んでくれました。

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モンゴル人スタッフに対する指導の様子


 細かいハプニングやトラブルはありましたが、それでも自分は本当にたくさんのモンゴル人や協力隊員などに助けてもらい、支えてもらったおかげで無事に二年間活動ができたと思っています。本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

 現在は日本の病院で勤務をしていますが、今後もモンゴルの医療の為に何らかの形でお手伝いできればと思っています。

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