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バーサンオンライン編集部

 モンゴルJICAボランティアが自分たちの活動や生活を記事として毎週金曜日に更新し、隊員目線でモンゴルの今を伝えるサイトです!
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どの学校にもあるはずのこと、この学校にはないこと

文と写真=篠原 学爾(しのはら がくじ)
平成26年度 4次隊 青年海外協力隊
職種:日本語教育 活動地域:ウランバートル市


第三回記事


 前回は、青年海外協力隊員(以下、青外隊員と略記)として私が配属された新モンゴル小中高一貫学校の日本語教授方法で、特に注意を引いた点を紹介した上で、その点を補完する為に私がとっている対策に言及しました。また日本語の授業以外に、自分なりの活動としてどのような取り組みを行っているかについても述べました。
 三回に渡った私の連載記事もこれが最終回です。今回は、活動を通して配属先の生徒と関わる中で私が気づいた、生徒同士の関わり方の特徴と、それについて考えたことを書きます。




20160204-shinohara-1.jpg
始業式のひとコマ。
モンゴルの学校では、式と名の付く行事に出し物が挟み込まれることが
珍しくないらしく、この学校もその例に漏れない。
これは、生徒による馬頭琴の演奏。
日本式教育をうたう学校らしく、体育館にはモンゴル国旗と並んで
日の丸が常時掲げられている。



・生徒同士の関係の特徴
 二〇一五年の四月二十四日に、私はこの学校での活動を始めました。基本的には、月曜日から金曜日の八時から十七時までが活動時間です。配属先に身を置いている間は、日本語の授業以外にも、生徒の提出物の点検、生徒が音読や暗唱の課題をこなすのに付き合うこと、打ち合わせ、日本語の本クラブの活動に立ち会うこと、同僚日本語教師からの質問への受け答えなど、なすべきことには事欠かないので、授業の準備が定時以降にずれこんだ結果、活動が深更に及んで帰宅することもしばしばです。

 このように平日は配属先に出づっぱりであることが多いので、いきおい生徒と共に過ごす時間も、彼らと接する機会も増えます。私は次第に、彼らの様子や振る舞い方に注目するようになりました。そして、一つのことに気がつきました。活動開始以来、涙を流している児童生徒の姿を見たことも、泣き声を聞いたこともないということに。

 この学校では、六歳から十八歳までの児童生徒が学んでいます。自分の狭い経験から推し量れば、彼らの間でいざこざやけんかがあっても不思議ではありません。実際、けんかの種のようなものは、無いことは無いのです。むしろ、男子生徒同士がふざけて、じゃれあったり、小突きあったりする場面はよく見かけます。しかしそれが殴り合いに至ることは、案に相違して、ないのです。

 そこで実際の事情を深く知るべく、生徒は勿論、同僚の教師、卒業生などにも、折に触れてこの学校の生徒同士のけんかの有無について尋ねてみました。すると、私の見聞して感じていたことと変わらない内容の返答が大勢を占める一方で、意外な話を聞くこともできました。

 大勢を占めたという大方の教師や生徒の答えは、ある同僚教師の次のような発言に集約されると言っていいでしょう。
「そう言われればそうだね。自分が学校に通っていた頃はけんかをしたものだし、以前に勤めていた学校でも生徒同士のけんかはあったけど。」
よその学校から新モンゴル学校に転校してきた生徒達の答えも、その同僚の証言の後半部分を裏づけるかのように、「前の学校にはけんかがあったけど、この学校にはない」というものばかりでした。


20160204-shinohara-2.jpg
配属先の職員運動会の開会式。
全員でモンゴル国家の斉唱。
校長から守衛兼管理人までが対等な資格で参加するこの競技会の種目に
は、チェスやダーツも加えられているところが興味深い。



 これを聞いただけでは、暴力にうぶな生徒ばかりが通う一風変わった学校である、という印象しか受けないかもしれません。ただし、そのような印象を相当程度塗り替えるかもしれない、意外な証言があったことも事実です。

 とりわけ意味深だったのは例えば、二〇一五年の春に新モンゴル学校を卒業したばかりの大学一年生が口にした言葉でした。

 「けんかはありましたよ。ただし、他の学校の生徒達との間にですけど。」

 つまり、仲間内の争いは避ける一方で、外に現れた敵に対しては暴力を振るうことを辞さずに結束してあたるということなのでしょうか。この辺りの事情については、この学校の歩みについて書かれた、「あんだいつまでも」(森修著山口北州印刷出版二〇一二年)という題の本の中でも触れられています。

 いずれにせよ、私が活動を開始して以降、この学校の生徒が関わった学校間の暴力的抗争は一度として起きていません。そして、敢えてここで付け加えるなら、その間、所謂いじめという現象も、私の耳目に触れる形では現れていません。それどころか、私の個人的に知っている日本滞在経験を有するモンゴルの人々は異口同音に、「この学校だけじゃない。モンゴルには、日本で見聞きするようないじめはない。」と言い切りさえします。

 私にとっては不可思議なこうした生徒の傾向にも、第一回で触れた進路志向の変容と連動して変化が現れるのか否か、今後もその動静を注意深く見守っていくつもりです。


20160204-shinohara-3.jpg
日本語学習三年目、八年生の女子生徒の漢字帳。
初めて視写したとは思えない程、端正な字を書く生徒がいずれの学級にも二割ぐらいいる。
キリル文字だろうがローマ字だろうが、およそ文字というものは、
マス目におさまるように綴るもの、という意識が浸透しているのかもしれない。



・既に与えられた大きなこと
 少なからぬ青外隊員が帰国後、任地の人々に「与えたものよりも与えられたもののほうがはるかに大きい」と口にするそうです。これは、私がお世話になった日本語教育職種の技術顧問の先生から伺ったことです。

 私は、今回の記事において述べきたったことに関して、既に大きなものを一つ与えられてしまったと実感しています。それは、暴力的な揉めごとのない集団生活の実例を目の当たりにし、それについてあれこれと思考する機会です。彼らを見習うとすればどこを見習えば、そのような生き方が可能になるのかは、教師にとっては勿論、何らかの集団に属し或いはそれに関わって生きざるを得ない我々、現代の日本人にとっても、興味の尽きない問題かと思います。

 与えられれば報いたくなっても不思議ではありません。私も、自分の取り組んでいる活動を通して、多少なりともお返しができるのかどうか、自問自答する日々です。願わくば、日本語を、ひいては言葉というものを、学ぶことの喜びを生徒に感じてもらえる活動を成し遂げたいものです。第一回の記事冒頭で、「置かれた場所で咲きなさい」という言葉を引きました。その引用句にならえば、この配属先で自分が本当に「咲けた」ことになるのは、それが叶ってこそではないかと思っています。



タグ : 隊次:264/ 職種:日本語教育/地名:ウランバートル市

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