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バーサンオンライン編集部

 モンゴルJICAボランティアが自分たちの活動や生活を記事として隔週金曜日に更新し、隊員目線でモンゴルの今を伝えるサイトです!
 БААСАН(バーサン)とはモンゴル語で「金曜日」という意味です。


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●●日本人とモンゴル人は違う●●

文と写真=幾瀬康史(いくせ・やすし)
2016年度2次隊 シニア海外ボランティア
職種:機械工学 活動地域:ウランバートル



ウランバートルの通りを歩くと日本のどこかで会ったような顔によく出会い、なんとなく親近感を感じる。日本人とモンゴル人は、蒙古斑が多く現れる民族と知られ、人口の9割以上が持つ。モンゴル人は、寒冷地の気候に適合した新モンゴロイドに分類され、日本人は新モンゴロイドと東南アジアなどの南方から来た古モンゴロイドとの混合の人種であると言われる。新モンゴロイドのモンゴル人は顔に凹凸がなく、一重まぶたで、体毛が少なく、直毛、耳垢が乾いていて、比較的大柄な体格とされる。日本人と重なる部分も多くあるように思う。モンゴル人と日本人を遊牧民と農耕民に分類して、違いばかり強調していることを耳にするが、本当に日本人とモンゴル人は違うのだろうか。モンゴルに来て6か月しかない経験から両者について感想を書いてみる。

日本人は勤勉で良く働くと言われる。一方モンゴル人の識字率は90%以上、大学進学率は日本より高い。また、ウランバートル市内で子どもを朝晩自動車で送り迎えしているのをよく見かける。このような光景に出会うと原来モンゴル人は、学習意欲が高く、勤勉なのかもしれないと思う。同様に戦後の日本の親たちも、お金がなくても子ども を大学に入れようと努力した時代とよく似ているかもしれない。勤労に関して見ると、まず女性がデパート、レストラン、学校や公務員として日本より多く働いているのを見かけ、給料が安くても女性はよく働いている。男性については、徴兵制があること、工業関係の職場が少ないためかあまり目立たないように思う。
日本の場合、明治維新以来、鉱山などの地下資源に乏しいことから加工貿易を育ててきている。そのため、全国に工場があり男性の職場が常に確保され、さらに終身雇用という安心できる労働環境があるからこそ、よく働くのではないだろうか。モンゴルの男性は、働かないのでなく、天候に左右されず、働ける環境がないからだとも思える。
 つぎに日本人は優しく温厚であると良く言われる。モンゴル人はどうであろうか。モンゴルに来てまず、バスに乗ると高齢者にすぐに席を譲る光景を見る。私もよく譲られる。この光景は日本より多くあると思う。また職場でも先輩や高齢者に対してよく声をかけ、上下関係を大切にしている。ツアガンサル(モンゴルの旧正月)には、家族特に高齢者に対して丁重に挨拶し、いたわりの言葉を述べている光景を目にする。また、誕生日、軍人の日、女性の日には、ケーキを持って来たり、パーティーなど開いたりし、もてなしている。このように互いを大事にする機会や行事を大切にしている。
 日本人と同様にモンゴル人も温厚で優しく、人間同士の距離を近く感じる民族であると感じる。また、お正月の日の出やオボー (天の神様と繋ぐ神聖な場所)などで自然に感謝するためにミルクやお酒をまくところをよくみる。昔の日本人と同様に自然と共に生き、人と自然を敬う心をもっていると思う。
日本人は、器用でものづくりが上手であると言われる。しかし、日本人全員が器用ではない。器用さは長年の経験で培われるものである。つまり、ものづくりのできる環境に恵まれ、努力した結果であると思う。モンゴルには、ものづくりの産業が少ないといわれるが、それよりも、ものづくりの素材がないこと事に気づく。子どもや学生が何かを作ろうとしても、素材がなく、ものを作った経験が持てない。私の活動先のモンゴルの高等専門学校の学生と接すると、学生は好奇心旺盛で、なんでも積極的に取り組む姿勢がある。 さらに実習などで作業を進めるとけっして不器用なわけでなく、経験がないだけであるとことに気づく。 多くの武器や武具を発明し作り出して、世界に君臨したチンギスハーンの時代を考えても、ものづくりのできる国に変わることは、たやすくできるように思う。
 モンゴル人は、日本人に比べ積極性があり、自由奔放で時間や空間に拘束されるのが嫌いであるように思える。そのため、日本人にとって時間にルーズ、自由で自分勝手という風に映り、不快な思いすることがある。しかし、モンゴル人同士では、決まった時間に来なくても、自分勝手に思える行動も、互いに許す寛容さ、寛大さに驚く。日本人は、約束を守らなかったり、時間にルーズな人を許せるだろうか。友達として受け入れることができるだろうか。日本人は、学校、地域、社会の中で、常に時間や行動が制限される中で生きているからゆえに、モンゴル人が理解できないかもしれない。しかし、モンゴルで生活できる今だからこそ、その心の鎖を取り去って、モンゴルを満喫するのもいいかもしれない。 そうすれば、モンゴル人の心 も共有できるのではないだろうか。
タグ : 隊次 2016 2/ 職種 機械工学/ 地名 ウランバートル

●●寒い国あるある●●

文と写真=中村美紀子(なかむら・みきこ)
平成28年度1次隊 青年海外協力隊
職種:看護師 活動地域:ウランバートル


 みなさんこんにちは。28年度1次隊の看護師の中村美紀子です。
 モンゴルは協力隊の派遣国の中で1番寒い国、首都ウランバートルは世界で一番寒い首都らしいです。ご存知でしたか?
 昨年の夏にモンゴルにやってきて、初めての冬を過ごしました。寒い国だからこそできる楽しいこともたくさんあるはず!ということで、寒い国ならではの「あるある」をいくつかご紹介したいと思います。

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タグ : カテゴリ 隊員生活 タグ 隊次 281/ 職種 看護師/ 地名 ウランバートル

モンゴルのIT事情

文と写真=又川浩信(またかわ・ひろのぶ)
平成28年度1次隊 
職種:コンピュータ技術 活動地域:ウランバートル市


 モンゴルに来て早いもので約9ヶ月が経過しました。
 春への移り変わりが感じられる今日この頃、モンゴルのIT事情について私なりに少しずつ理解してきました。その中で現地で活動する隊員の皆さんにも大切なことをこの場で共有させていただきます。


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タグ : 隊次 281/ 職種 コンピュータ技術/ 地名 ウランバートル

4ヶ月間の活動を通して

文と写真=増田 たくみ(ますだ・たくみ)

2016年度2次隊 シニア海外ボランティア

職種:経営管理 活動地域:ウランバートル


 皆さんこんにちは。2016年度2次隊の増田たくみです。私は昨年10月よりモンゴル国商工会議所、中小企業、投資促進課に派遣されています。今のところ私は主に、モンゴルの中小企業支援ならびに日本企業あるいは団体からのモンゴル企業に対するお問い合わせに関するサポートをさせていただくことを主要業務として行っています。私の場合は前任者の方もおられましたし、また韓国の国際協力機構(KOICA)からも同部署に1名の方が派遣されていることもあり、課の多くの方が英語を話すことができ、言葉の面では最初からあまり不自由なくコミュニケーションをとることができました(そのため、いつまでもモンゴル語がうまくならないのが悩みですが・・・)。ただ、特に私に対してこのようなことをしてほしいということが、具体化されている訳ではなかったので、まず、私が日本で行ってきたことを課長に伝え、今後1年間、どんなことを一緒に取り組んでいくかについて、検討しました。


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タグ : 隊次 2016 2/ 職種 経営管理/ 地名 ウランバートル

帰国から3ヶ月。

文と写真=吉田量子(よしだ・りょうこ)
平成25年度4次隊、青年海外協力隊
職種:幼児教育 任地:ウランバートル


 2年3ヶ月の隊員生活を終え、日本に帰国して早3ヶ月が経ちました。時間が経つのは早いのか遅いのか。“青年海外協力隊”という肩書がなくなってからの私は、“本当にモンゴルで2年以上暮らし、協力隊として活動をしていたのだろうか…”そんな疑問が浮かぶほど、『ただの日常』の中に戻ってきています。

▪『ただの日常』・・・?
 赴任前の記憶の消失(ひとの名前と顔が…。苦笑)、知り合いや教え子の成長、地元の住宅地化、元職場の制度や環境の変化など、至る所に“2年の歳月”は転がっています。しかし、実家での生活が再開し、以前と同じ出勤時間に、同じ通勤路を通り、日本らしい職場で働く日々には、“『ただの日常』に戻ってきた”という表現がしっくりきてしまいます(それがまた、日本で暮らす上での安心感になっていたりするのですが)。それと同時に、モンゴルでの活動が、いかに刺激的で、日本の生活と比べて非日常であったかということを思い知らされます。

▪モンゴルとのつながり
 『ただの日常』なんて言いながら、帰国してからの3ヶ月間、モンゴルと無縁だった訳ではありません。ここで帰国後のモンゴルとのつながりをご紹介。

1.持ち帰りの宿題の提出
帰国直前で出席した、モンゴルの幼稚園で実施が始まった発達検査表の改正についての会議にて、改正部分の提案を求められていました。そんな大仕事引き受けていいのかと思いつつ、一保育士の考えとして、いくつか提案させて頂きました。改正時に活かされるかどうかは分わかりませんが、自身の活動(幼稚園巡回やセミナー等)で得た知識・経験を活用して取り組む機会にもなりました。

2.職場でのモンゴル紹介
職場(赤ちゃんから大人までの会員がいるNPO法人)にて、“モンゴルのお話”の日を設けてもらいました。“モンゴルクイズ”を考案中、モンゴル赴任時、どんな事に驚き、どんな事に面白さを感じたかなぁ~と思い出に浸り、モンゴルに行きたい欲が再熱(笑)。
当日は小学校4年生から40代の方、15人くらいが集まってくれました。“モンゴルクイズ”は、答えを言う度に「えぇ~!?」とか、「ほんとに~?」と良い反応をしてくれ 、とても面白かったです。特に「ハムリーンヒード寺院のパワースポットから、他の場所にいる家族や友人にパワーを届ける方法は?(①天に向かって叫ぶ ②電話をかける ③手紙を書いて送る ④土を持って帰る)」という質問で、答えが「②電話」という事に、「そんなに近代的なの?」と驚きが生まれました。ソーラーパネルでの自家発電、遊牧民が車やバイクを活用しているという事でも、話しが盛り上がりました。
スーテイツァイ(モンゴルミルクティー)の味に顔をしかめ、馬の匂いのしみ込んだデール(伝統服)や馬のしっぽのロープの匂いに「あ…あぁ…」、シャガイ(羊の足首の骨/伝統的な玩具)で運勢を占って一喜一憂。
今度は、大人の方に向けて青年海外協力隊を目指した時の話や活動についての話をしてね、と声をかけて頂いています。活動の振り返りにもなり、何より大好きになったモンゴルの話を他人にできるというのは、嬉しいものです。


デールの試着。小学生にはだぶだぶでした



シャガイで占いをしているところ


3.モンゴル人(JICA研修員)のホームステイ受け入れ
 大阪で研修を受けているJICA研修員が、1泊2日の日程で、和歌山(私の地元です)にてホームステイする事になり、モンゴルの方であれば…!と、受け入れを行いました。ホス トファミリー初体験の我が家でしたが、モンゴルに所縁のある知人たちの協力の元、なかなか充実したおもてなしができたのではないかと思います。
 2カ月以上振りのモンゴル語で、自分の言語の衰えに少々落胆しましたが、英語が堪能ではないモンゴルからのお客さまが、「モンゴル語を知っている家庭でホームステイできたから、“食って寝る”だけじゃなくて、いろんな話ができた」と喜んでくれ、ホッと一安心。そして、自身の活動につながる“モンゴルの教育”について語り合えた(と、思っている。笑)事が、楽しい思い出となりました。
 地元観光は、いつもと違う楽しみ方ができ、新たな魅力に気づく事もできました。


JICA研修員と


 今回の記事、帰国3ヶ月目の隊員のただのつぶやきのようになってしまいましたね。

果たして、私は2年分成長出来ているのか?
まだまだ答えは出ません。

私は、日本帰国後に“国際協力”を続けていきたい!という強い想いを持ち合わせていませんでした。しかし、不思議とモンゴルとの縁は続くようで、この先もずっと何らかの形でつながっていければと思った、帰国3ヶ月でした。

タグ : 隊次 254/ 職種 幼児教育/ 地名 ウランバートル

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