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バーサンオンライン編集部

 モンゴルJICAボランティアが自分たちの活動や生活を記事として毎週金曜日に更新し、隊員目線でモンゴルの今を伝えるサイトです!
 БААСАН(バーサン)とはモンゴル語で「金曜日」という意味です。


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モンゴルと日本の違いって何?モンゴルに来て驚いたことは?

文と写真=後藤昭彦(ごとう・あきひこ)
平成28年度1次隊 青年海外協力隊
職種:小学校教育 活動地域:ドルノド県チョイバルサン


 みなさんこんにちは。28年度1次隊の小学校隊員の後藤昭彦です。
 以前チョイバルサンの隊員宅でご飯を食べていた時です。ある隊員の携帯のLINE電話がけたたましくなりました。「やぁ元気?」そんな会話から始まったかと思います。そして、日本にいる友人から「モンゴルどう?何かビックリしたことある?」と聞かれたのです。その場にいる5人の隊員であれこれ考え、モンゴルでのビックリ話を繰り広げました。その時、気づいてしまったのです。初めの頃は「え????!!」と思っていたことも、最近は「まぁぁ、そうだよね」と慣れてしまっている自分に…。モンゴルに来て早1年が経とうとしています。ここらで、モンゴルのビックリ出来事を記録しておきたいと思います。

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タグ : 隊次 281/ 職種 /小学校教育 地名 ドルノド県チョイバルサン

●『名づけ』という重役●

文と写真=山﨑香葉子(やまざき・かよこ)

平成27年度3次隊 青年海外協力隊

職種:青少年活動 活動地域:トゥブ県ゾーンモド市


 こんにちは。27年度3次隊の山﨑香葉子です。
 日本はもう暑い季節でしょうか。モンゴルは4月に入ってから吹雪く日もありましたが、ようやく暖かくなり、過ごしやすい季節になりました。
 私は、首都ウランバートルから南東に40Kmほど離れた場所にある、トゥブ県ゾーンモド市の日本語教室で日本語を教えています。教室には大人から子供まで約40名生徒が通っていますが、教室の子供たちから最も多い要望が、「日本の名前がほしい!先生、日本の名前つけて!」というものです。
 そこで今回は、モンゴルの子供たちにプレゼントした「日本の名前」についてお話したいと思います。
 なんでもいいのであればすぐにつけてしまいますが、やはり「名前」には、その子供への思いを込めた名前をつけたい!日本でもそうですが、両親から頂いた名前には様々な想い・願いがあると思うので、私流の『名づけ』は、まずは子供たちのモンゴルの名前を日本語訳するところから始まります。

■モンゴルの名前
 モンゴルでは本当に同じ名前の子供が多いと感じます。例えば、「ヒシゲ」「アズジャルガル」「ノミンエルデネ」「ムウフスレン」「ボロル」「トラガ」。私の教室にも同じ名前の子供が多く、混乱してしまうので「大きいトラガ」「小さいトラガ」と呼んでいます。(年齢的な表現です。)
 そしてモンゴルの名前にも日本と同じように一つ一つ意味があります。
「アズジャルガル」=「幸運」「幸せ」
「ボロル」=「水晶」
「ムウフスレン」=「望み」「希望」
「エルデネ」=「宝物」
このように、真の由来はまたそれぞれ違うかもしれませんが、素敵な意味を持つ名前が多いです。こう見ると名前は、その子への想い・願いが最も表現されているものだなと感じてしまいます。だからこそ、やはり日本の名前を付ける上で、一人一人ちゃんと考えたい!!!私は、このモンゴルの名前の意味・由来をベースに、一人一人日本の名前を考えていきます。

■紆余曲折しながらたどり着く日本の名前
上記したように、まずはモンゴルの名前の意味をベースに考えていきます。

例1.「バヤルデルゲル
「バヤル」は直訳で「幸福」や「喜び」などの意味。「デルゲル」は「咲き誇る」「広がる」などの意味。もちろん、直訳のままつけるわけにはいかないので、その子供の性格も考えます。
この子はとても明るくいつもみんなの中心になる子。これからもその明るさでみんなを楽しませてほしいという願いを込め、『まつり』に決定しました。

例2.「エルデネ」
「エルデネ」とは日本語で「宝石」「宝」という意味です。
さすがに「ほうせき」「たから」とつけるわけにはいかない…。さあ、どうする。
ここから私の連想ゲームがはじまる。
「宝石」…両親が子供を想う気持ちかな。もしかしたら宝石のように輝く子供になってほしいという願い…?
この子は、大人しい子ではあるけれど真っ直ぐ目を見て話し、純粋な心を持つ優しい子。
宝→宝石→ダイヤ?(ギラギラし過ぎている)→水晶(お。透き通った綺麗な心!)
いつまでもその純粋できれいな心を大切にしてほしい。という願いを込め「水晶」から漢字を取り『晶子』(しょうこ)と名付けました。

例3.「ツェベルマー」
 この子の名前はモンゴル語ではなく、サンスクリット語からきているということで、意味を知ることが出来ませんでした。(モンゴルではよく名前をチベット語やサンスクリット語からつけることがあるようです。)
 この子はとにかくいつもニコニコしていて、お喋りさんで本当に明るい子。この子の笑顔に救われる人がこれからきっといるはず!その想いを込めて『笑子』(えみこ)とつけました。

■名前をツールに
 毎回名前をつける際は、辞書を片手に苦悩します。ましてや日本語には漢字があり、どの漢字をつけようかとまた悩まされます。しかし、名前を考える時間はその子だけを思い、考えることのできる時間。そして、子供に名前を伝えた時に「ありがとう」と言いながら笑顔でノートに書き写す姿を見られる瞬間は本当に幸せです。
 「ただ名前をつけるだけ」ではなく、名前を考える時間、名前を呼ぶ瞬間、子供が自己紹介で日本の名前を言った瞬間は、「名前」一つで、私と、生徒との「繋がり」を強く感じられる一つのツールでもあります。
 子供たちにはこれからも、この「名前」を大切にしてもらえたら嬉しいですね。
そして私も日本へ帰って、同じ名前の子を見つけた時、モンゴルを思い出すのでしょう。
タグ : 隊次 273/ 職種 青少年活動/ 地名 トゥブ県ゾーンモド市

くらべることで見えたもの

文と写真=加瀬龍介(かせ・りゅうすけ)
平成27年度1次隊 青年海外協力隊
職種:小学校教育 任地:ドルノド県チョイバルサン



■ご挨拶
 平成27年度1次隊、小学校教育で派遣された加瀬龍介です。青年海外協力隊には現職参加制度で行かせていただき、現在日本で小学校教諭として働いています。
 モンゴルから帰って33日後に現場復帰し、日本のリズムに慣れるのに全力を注ぐ毎日。
 帰国してまだ11か月ですが、既にモンゴルでの日々が遠くに感じられます。
そんな中、この度バーサンオンラインの執筆の機会をいただきました。これを機に、あらためて22年間の活動の日々を振り返り、モンゴルと日本の違いや考えさせられたことについて書かせていただきたいと思います。

■時間は守るもの?
 海外では時間にルーズな国が多くあるという話をよく聞きます。ではモンゴルはどうかというと、時間を守らない人が多いです。例えば「1616時から授業についての話し合いをしよう」となっても、約束の時間を守ってもらえず、次の日などに持ち越しになるというのは日常茶飯事でした。
  それに伴って計画を立てたり、それに沿って活動したりすることが苦手です。学校行事もいつ、誰が準備し、何を行うのかが決まっておらず、「この行事いつ何をするの?」、「知らない」という流れから、当日いきなり「今日これやるからやってね」と言われることがほとんどでした。ただ、それでもなんとか行事を行えている現状から、モンゴル人の臨機応変に対処する能力の高さが窺えました。
 日本で学校行事を行う際は、目的や日時、内容、役割分担が11か月前には決まっています。モンゴルと比べて、日本は時間を効率的に使ったり、綿密な計画を立てたりすることについてのノウハウが高いレベルで確立されていると感じます。
  ただ、時間を守るということについてはどうでしょうか。少なくとも私や私の周りの人たちは時間が守れていない人がほとんどです。もちろん約束の時間には遅れませんし、学校で組まれている授業の時間は守ります。ただ、勤務時間。開始は守れても終わりの時間は守れていません。初めの時間は守る必要があるけれど、終わりの時間は守らなくてもいいのでしょうか。守れない時間設定を暗黙の了解でよしとするのではなく、守れる時間にする必要はないのでしょうか。
  初めの時間だけに厳しい日本に対する「そこだけにこだわるのは・・」と思う気持ち。時間にルーズなモンゴルに対する「時間は守った方がいいのでは」という気持ち。何が正しいというわけではないですが、異なる時間に対する姿勢から、改めて時間を守ることについて考えさせられました。

20170615_kase_1.jpg
時間を意識してもらうための予定表



■安全の意味
 モンゴルの子どもたちは、よく切り傷や打ち身などをつくっています。それは転んだ時や喧嘩したときなどにできた傷だそうで、「大丈夫?」と以前聞いたとき、「いつものことだから」と笑って返され、驚かされた記憶があります。
  また、22m近くある壁の上で追いかけっこをしているのを見た時、モンゴルの先生方に「あれは危なくないのか」と尋ねたところ、「小さいころからああして遊んでいるから安全だよ」と言われ、衝撃を受けました。そして、安全とは何だろうと思うようになりました。
  大抵の行動には、危険が常に隣り合わせです。歩くだけでも足を痛める危険があります。走ったりすれば、転んだり、足をくじいたりする危険があります。安全を突き詰めれば何もしないのが一番ということになるのかもしれません。
 ですがそんな話は馬鹿げていると誰しもが思うでしょう。何かをする上で安全について考えるところを、安全を守るために何なにもしないのは本末転倒です。では、何なにが大事なのかというと、それはどこまで許容するかということなのだと思います。
 学校では、子どもに怪我をさせないことを最優先で考えます。そのため、子ども自身が一人で行うことに関する許容範囲は、怪我のない範囲で行えるものになります。そして、その範囲を超えるものには必ず先生が付き添うこととなっています。
 それでは学校を離れた場合はどうでしょう。それは、各家庭によって許容範囲が違ってきます。「危ないことは絶対させない」という方もいれば、「木登りでも、川遊びでも好きに遊べ」とする方もいるでしょう。これもまた、どちらが正しいということはないと思います。  
  許容範囲が広ければ、その分危険は増しますし、狭めれば経験に乏しくなるかもしれません。守ってあげるのも、守れるようにしてあげるのも、どちらも必要で、未来が見えるわけでもない私たちは、その都度バランスを考えていくしかない、というのが結局のところなのかなと思います。
 日本の、特に教員の視点から見ると、モンゴルの子どもの遊びは危険が多く、安全と目的のバランスが取れていないと今でも思います。ただ、モンゴルの親や子どもの、「怪我なんてほっとけば治る」という考えに、懐かしい逞しさを感じさせられたのは、忘れずにいたいです。

20170615_kase_2.jpg
上にあるボールを取りに行く子ども



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●●モンゴル母子保健のいろいろ●●

文と写真=米澤祐佳(よねざわ・ゆうか)

平成27年度3次隊 青年海外協力隊

職種:助産師 活動地域:ボルガン県ボルガン


 昨年1月にモンゴルへ来て早17ヶ月、きっと今一番脂がノリノリな時期を迎えております米澤祐佳です。この度、任地以外へ母子保健セミナーに関する出張をさせていただきましたので、ご紹介したいと思います。
 「モンゴルの医療」と言っても、一言ではくくり切れないということに気付かされた出張でした。

20170609_yonezawa_1.jpg
モンゴルの地図

 引用:旅行のとも、ZenTech
http://http://www2m.biglobe.ne.jp/ZenTech/world/map/Mongolia/Provinces_Map_of_Mongolia.htm
 
 参考までに、以下の情報を…(県単位の話です!)
 私の任地、ボルガン県は人口約6万人 (鹿児島県鹿児島市の10分の1くらいの人口)、面積48,733 km²(九州よりちょい大きいくらい)つまり、九州に鹿児島市民の10分の1の方々が散らばっているイメージ。分娩数700件/年。ここでどんな医療が提供されているか、想像がつきますか?

■オルホン県エルデネト:地域中核医療センター
 首都から6時間、ボルガン県からタクシーで1時間。人口約9万人(大阪府摂津市くらいの人口)、面積844 km²(大阪府の半分以下!)、分娩数2500〜3000件/年。モンゴルの中では、まだ人口密度が高い方、また、モンゴル第2の都市と言われるだけあって医療も発展していました。私の任地のボルガン県、後述するフブスグル県をまとめる地域中核医療センターというだけあって、専門性の高く勉強熱心な医療者が多かった印象です。
20170609_yonezawa_2.jpg
分娩室の写真:産婦さんが落ち着ける環境づくりがされていて素敵です。


■フブスグル県ムルン:フブスグル県総合病院
 首都から12時間、ボルガン県からタクシーで4時間。人口約11万人(広島県広島市の10分の1くらいの人口)、面積100,629 km²(中国地方の3倍)、つまり、中国地方の3倍の面積に広島市民の10分の1の方々のみが散らばっているイメージ。分娩数2400件/年。ここは、分娩件数は多いですが首都から離れていることもあって私の任地のボルガン県と似たような雰囲気でした。「自分たちで良い医療を提供しなければならない」と努力している様子があり、とてもあたたかい病院でした。
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母親学級の写真:毎週実施されている母親学級。参加した妊婦さんにはキラキラ星のシールを母子手帳に貼ります。


■ダルハン・オール県ダルハン
 首都から3時間、ボルガン県からタクシーで3.5時間。ここへは、産婦人科の出張というより、看護学生さんの授業をするためにお邪魔しました。モンゴルの看護学校の先生はほとんど医師で、「看護」を教えるのも医師だそうです。日本の看護学校のような、看護師の先生から看護を、保健師の先生から地域看護を、助産師の先生から助産を教えてもらっていたことは当たり前ではなかったんですね。
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セミナー後の集合写真:たくさんの方に参加していただけて光栄でした。


■まとめ
 私が伺ったのは、モンゴルの中でも限られた地域のみですが、提供されている医療が私の任地であるボルガンとも、もちろん日本とも異なっており、また地域によって抱えている問題も異なっていました。(この詳細を書き出すと、とんでもない文章量になりますので、割愛させていただきますが。)私がお伝えできたのは、「日本ではこうしているよ。」「この点はすごくいいと思うよ。気になった点はここだよ。」など、それぞれの医療を見て助言するという本当に小さなことでしたが、誰かの心に届いていればいいなと思っています。
 自分の任地だけで「モンゴルの医療はこうなんだ」と諦めていたことでも、他の地域では難なくそれができていたり、その問題に対して対処法を自分たちで考えられていたり。私自身の今後の活動に大変参考になる出張でした。他から学ぶということは大切なことですね。
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●●モンゴルとバレーボールと私と●●

文と写真=内田 有香(うちだ・ゆか)

平成27年度3次隊 青年海外協力隊

職種:バレーボール 活動地域:ボルガン県ボルガン


 みなさん、はじめまして。平成27年度3次隊の内田有香と申します。昨年の1月にモンゴルを訪れ、2月にボルガンへ赴任し、気が付けば1年と4ヶ月が過ぎました。任期の半分以上が過ぎましたので、自分自身の振り返りも含め、モンゴルのバレーボール事情をお話しさせていただきます。

■モンゴルとバレーボール
  モンゴルではバレーボールが人気だということをご存じでしょうか。
1年の中で10月から5月までは気温がマイナスということもあってか、モンゴルでは室内競技である、「バレーボール」「バスケットボール」がたくさんの方に楽しまれています。
 日本のようにオリンピックやワールドカップというような国際試合には名前が載らないためか、「モンゴルでバレーボールってできるの?」という質問も多く受けました。私自身、モンゴルに来る前は、「モンゴルでバレーボールの需要ってそこまであるのか?」と疑問を持っていたほどです。しかし、実際には、モンゴル国内だけのオリンピックが4年に一度開催され白熱した試合が行われていたり、日本でいうプレミアリーグのようなリーグ戦があり首都だけでなく地方にもテレビ中継されていたりするので、バレーボール熱はとても高いのです。

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写真1:モンゴルオリンピックの様子


 私も先輩隊員からのお誘いを受け、「モンゴルオリンピック」に参加しました。小学校の頃の夢であった「オリンピック選手」にモンゴルでなることができました。

■赴任直後の洗礼
 赴任して間もないころ、ボルガン県で職場対抗のバレーボール大会が開かれました。
 「ゆか、試合は9時開始だからね」と同僚から教えてもらい、9時前には体育館に行きました。しかし、待てども暮らせども誰も来ません。それから約2時間後に同僚と試合に参加する方たちが体育館に来て、試合が始まったのは12時過ぎでした。そしてそこからグループ戦が行われるのですが、1コートで何十試合もが繰り広げられるため、決勝戦が始まったのが夜中の12時半過ぎでした。それでも、決勝戦にはたくさんの方々が応援に駆け付けてくれ、とても盛り上がった試合になりました。有り難いことに、そこで私の名前と顔を覚えてくれ、バレーボールを習いに来てくれる子どもも増えたので、ボルガンデビューとしては最高の舞台だったのかもしれません。
  このような試合は後にも続き、そのおかげで、モンゴルは日本のように「計画を立ててそれに沿って行動する」というような概念があまりないということを早くに知ることができました。

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写真2:バレーボール大会が終わった後みんなと


■バレーボールと私と
  バレーボールを通じて子どもからお年寄りまで、たくさんの方々と交流することができるようになりました。買い物に行けば「この間の試合よかったぞ!」と声をかけてくれる方や、「私の子どものバレーの先生よ!」と同僚に紹介してくれる方。「先生!おはよう!」と大きな声で挨拶してくれる子どもたち。元来人見知りである私ですが、こんなにも多くの方と交流できたのはバレーボールのおかげだと感じています。「スポーツは国境を超える」この言葉を日本で聞いた時には良くわからなかったけれど、今はわかるような気がします。楽しそうにボールを追いかけている子どもの姿を見た時、幼い頃の自分と重なり、バレーボールにとって一番大切な「一生懸命ボールをつなぐ」という気持ちが、言葉や文化、国の違いを超えて、モンゴルとバレーボールと私をつないでくれていると、気がつくことができました。

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写真3:教え子たちと

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